2021年4月17日深夜 成田空港
映画のセットに迷い込んだとしか思えない、人っ子一人いない通路を最終目的地セネガル・ダカールへ向かうためにすすんでいた。
嘘みたいな誰もいない成田空港の光景と同じくらいに、パンデミック中にもかかわらずダカール郊外にあるEcole de Sabres – 砂の学校
素足で砂を踏みしめながら踊れるスタジオと地平線を背にしながら踊れるスタジオがある「学校」に向かっていることが「これホントに現実?」
と感じていたことを覚えている。
セネガルに向かう1年ほど前に私は乳がんの診断を受けた。診断を受けた日がずーっと行きたい、クラスを受けたいと思っていたEcole de Sabres
がパンデミックをきっかけにスタートしたAcogny Technique の初回オンラインクラスの日だった。不安で五里霧中だった時、パンデミックだけど
翌年の4月には出来るはずと言ってEcole de Sabresでのワークショップの告知がPostされた。目にした講師のラインナップに私が本当に
大好きで尊敬するニューヨークの先生の名前があった。
-このワークショップに参加してオンラインクラスを受けているAleSandraとMs.Garmain Acogny
そしてニューヨークから来るRonとArcellに「乳がんを克服できたのはダンスがあったから。セネガルやニューヨークとつながるオンラインクラスがどんだけ
助けてくれたか。ありがとうございました」と寛解してお礼を言う-
これを私のスケジュールにセットした。
そして、セネガル出発直前の診断で先生から「もう卒業。あとは様子みせに定期的にきてね。」と言われた。
びっくりするのと、想いは通じるっていうのとあまりにも荷が重いことからの解放は爆発的ではなく静かな歓喜だった。
セネガルの2週間は感謝・喜び・不安・押しつぶされるような感覚・温かさ・いたらなさ・歓喜・無心
感情のパレットと音の洪水とBody Movementsのスパーク、そして何よりも地球の各大陸から集まってきたbeautiful Soul達
自分の内側が広がって、今までになかった彩も加わった。視野が変わって、これからどんなことになるんだろうって到着後のCOVID
検査を待ちながら、各大陸のbeautiful Soul達に知らないうちに笑顔になってメッセージをタイプしていたのを覚えている。
その1か月後に母が、4か月後に父が空に旅立った。
セネガルがなかったら、その後を乗り越えることができていたかなあと思うことが度々あった。
そして、このことを残しておきたいなと頭によぎったとき、ものっすごく大事なことを思い出した。
セネガルではダンスクラスだけではなく、その文化についてのディスカッションの時間もあった。その時に、アフリカンカルチャーバックグラウンドを持たない私が彼らのカルチャーと出会ったことで喜びも楽しさも出会いも学びも
本当にいろいろなこと得て。今、ここでみんなと一緒に学べる機会まで得て、どんだけ感謝したらいいか、どうやって恩返ししたらよいの?といつのころからか
ずっと考えていたけど、誰にも聞けなかったことを発言した。
「ここで私たちとこんなに素敵な楽しい経験をしたと友達に伝えてくれるだけで十分だよ」
「え。それだけでいいの?」
「そう。それが責任。」
責任という言葉をこんなに喜びで受け止めたことはなかった。
「そんな責任なら、いくらでも受ける!」
この約束を守りたくて、こんな約束をしたと残したくて、友達に伝えるだけじゃなく時間がかかっても形にすることに決めた。
この約束の前のことも、後のこともこの約束にたどり着くJourneyは感謝。その感謝を忘れたくないから留めていくことする。
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